近藤等則
 PROFILE OF TOSHINORI KONDO



 
70年代より現在に至るまでワールドワイドな活動を続ける、ヨーロッパで“A TRUMPETTER carrying MILES back is KONDO(マイルスの後を担うトランペッターはKONDO)”という呼び声も高い孤高のエレクトリックトランペッター。
1978年にはニューヨークに渡り、以降外国の数々の個性的な一流ミュージシャンたちとセッションや競演を重ね、参加した膨大な数のライブ(1983年には1年間で日本を含め世界で121回のライブに参加)やレコーディングの全貌は、把握するのさえ困難なほどである。
 この頃に海外で成功を収めた日本人(グループ)ミュージシャンといえば、YMO(イエローマジックオーケストラ)が有名だが、期せずも時同じくして近藤等則(TOSHINORI KONDO)もまた、海外で評価された日本人ミュージシャンがほとんど皆無だった時代に外国へ飛び出し、独自の演奏やサウンドで国外でも高い評価を得ているパイオニアといえる。希有な才能の国際派日本人ミュージシャンである。
主な共演ミュージシャン】(ライブorレコーディング、順不同、これ以外にも多数のミュージシャンと演奏)
BILL LASWELL、JOHN ZOHN、FRED FRITH、HERBIE HANCOCK、坂本龍一、DJ-KRUSH、渡辺香津美、栄芝、Anton Fier 、浅川マキ、Milford Graves 、DAVID TOOP、高木元輝、阿部薫、土取利行、吉沢元治、Derek Bailey 、Eugene Chadbourne、本多俊之、杉本喜代志、川端民夫、つのだひろ、Henry Kaiser、高橋悠治 、Rodney Drummer 、Cecil Monroe、仙波清彦、坂田明、山下洋輔、Misha Mengelberg 、Peter Brotzmann 、Tristan Honsinger 、Peter Kowald 、豊住芳三郎、清水靖晃、Ginger Baker、大沢伸一(モンドグロッソ)、布袋寅康、Hamid Drake、Dirk Wachtelaer、エレファントカシマシ、泉谷しげる、長屋和哉、伊藤公朗&美郷、U.F.O(UNITED FUTURE ORGANIZATION)…etc…


◆1948年12月愛媛県今治市出身。中学時代よりトランペットをはじめ、京都大学在学中よりプロとしてのライブ活動を始める。
1972年に上京。フリージャズの分野等で数々のミュージシャンとのセッションやライブ、レコーディングに参加する。

◆1978年「目からジャズが落ちた」のを機にニューヨークに渡り、多国籍のミュージシャンたちとセッション。同時にプライベートレコードレーベルBELLOWS(ベローズ)も立ち上げて作品をリリースする。この頃から現在も親好の深いBILL LASWELL(ビル・ラズウェル)や、JOHN ZOHN(ジョン・ゾーン)などの多くの個性的な一流ミュージシャンたちと知り合い、世界各地でのライブ演奏に参加。日本人ミュージシャンとしてはいちはやくワールドワイドな活動を展開し始める。

◆1983年には1年間で実に日本を含め、
世界で121回のライブに参加する。帰国後の1984年には近藤のキャリアで大きなターニングポイントとなったアルバム「大変」を発表。自ら考案したエレクトリックトランペットを携え、IMA(INTERNATIONAL MUSIC ACTIVITIES)を結成し(近藤等則 Toshinori Kondo、ЯECK (Friction) 、酒井泰三 Taizo Sakai 、富樫春生 Haruo Togashi 、山木秀夫 Hideo Yamaki )数々のアルバムを発表。
今でこそ一般的になったスクラッチや、HIPHOPなどの手法をいちはやく導入したオリジナリティあふれるパワフルなサウンドは特に海外で注目を集める。招聘も多く、93年の解散までIMAバンドは[東京発世界]のコンセプトのもと、9年間に渡リ
世界各地でライブを展開する(86年より毎年ヨーロッパツアーを開始。88年にはオーストラリア・香港と環太平洋ツアーも敢行)。
国内では音楽活動のほかにも、資生堂やアサヒビールなどのCMにも起用され本人も出演、雑誌へのエッセイの連載でも活躍。またこの頃から「東京ミーティング1984」をはじめとする、世界各地からミュージシャンが一同に会し共演するという、2001年6月に開催された「世界聖なる音楽祭」の下地とも言える画期的な音楽イベントを企画。東京をはじめ、ソウルや故郷の今治でも開催する(「Seoul Meeting」で近藤等則IMAは日本のポップフィールドのバンドとしては戦後初めて韓国に正式招待される)。

◆93年にIMAを解散後は、活動拠点をオランダのアムステルダムへ移す。またこの年から大自然のなかに1人ででかけ、自然のバイブレーションの中でエレクトリックトランペットを演奏するプロジェクト「BLOW THE EARTH」をスタート。
イスラエルのネゲブ砂漠やペルーアンデス、沖縄久高島、ヒマラヤラダックなどの聖地で演奏。その模様の一部はNHK番組としても放送されている。


91年アサヒビールCMより

この他、94年ユネスコ主催の奈良東大寺での世界遺産ミュージックフェスティバル“あをによし”で演奏、95年には阪神大震災で亡くなられた人達へ向け神戸朝日ホールにてレクイエムライブ(アルバム「神戸」としてリリース、売り上げの一部を被災者に寄付)など。
またヨーロッパを中心にライブ活動も多く、その卓越した演奏、他の追随をゆるさない、MILES DAVIS(マイルス・デイビス)をも彷彿とさせる、炎のように激しい圧倒的なエネルギッシュさと、繊細さを同時に併せ持った独特のスタイルの魂に迫るような深淵なサウンドは特に欧米で根強いファンが多い。
一方で若手ミュージシャンやDJ、世界各地の民俗音楽とのコラボレーションなども積極的に行い、2001年6月にはチベットハウスからの依頼を受けダライラマ14世が提唱する「世界聖なる音楽祭」をプロデュース。開催の3日間には、広島の厳島神社を舞台に、世界各地からミュージシャンが一同に集まり見事な共演を果たす。
 2002年10月には新バンド「FREE ELECTRO」を結成するなど、再び国内でもライブ活動などを展開中。今なお独自の新しい音を追求している。

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